島国の秘密、探しています.........
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中南部イングランドの旅(その4)
2006-08-21-Mon  CATEGORY: 旅:遺跡&博物館

《21日》

旅行記の続きです。  http://onigiri15.blog71.fc2.com/blog-entry-73.html

*********************

7月18日(2日目-2)

13:00過ぎ
Aveburyから車で移動

stonemap

Woodhenge 
新石器時代(紀元前3,000年前後頃)に構築された木柱サークル。
儀式の場と考えられているが、中央部から子供の埋葬(犠牲
?!)が確認されている。 
また、遺跡からは青銅器時代ビーカー土器も発見されており、断続的に長期に渡って利用されたと推測されている。 ※立地条件は丘の上   
http://en.wikipedia.org/wiki/Woodhenge

1.
前回紹介したThe Sanctuary同様、
コンクリートの円柱が立てられ、復元?
されています
      ↓ しょぼっ.......... 403

woodh

車で約10分少々移動。

次は、いよいよお待ちかねの Stonehenge !!

Stonehenge 
青銅器時代(紀元前2,350年頃)に構築された石柱のサークル。
ただ、遺跡の始まりは、新石器時代(紀元前3,000年前後頃)に遡る。
溝と土堤による囲いに始まり、間もなくして、その内部に木造建築物が構築される(※人骨が発見されている→埋葬か
?!)青銅器時代に入って、現在見られる状況に近い巨石が設置される。 
(注)Stonehengeは、数千年に渡って何度も改変され、複雑な様相を呈している。用途に関しても同様で、時期に応じた様々な解釈がなされている。
※ ユネスコの世界遺産に登録されている。http://www.de-club.net/sid/issue.php?pos=0&Issue=010
   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%98%E3%83%B3%E3%82%B8

2.ん? アレッ? もしかして!?    3.そうや!
808 818

4~9.        ジャ~ン!! 315
684 679
692 697

でもね、これ、実は小さいんですよ! 
10.ホラ、小生のような非力な人間でも、片腕で軽々と持てます!左)389 
11.まささんなんて、みんなが見ている前で、食べようとしています!!右)405

aki1 masa1


12.って、アホなことはこれぐらいにして7、実際近寄ると.......デカッ(左)405
13.人の行列........(右)
stone2 stone6

“たかが岩、されど岩 !?”......... http://onigiri15.blog71.fc2.com/blog-entry-44.html

続く………

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中南部イングランドの旅(その3)
2006-08-20-Sun  CATEGORY: 旅:遺跡&博物館

《20日》

旅行記の続きです。 http://onigiri15.blog71.fc2.com/blog-entry-71.html

*********************

7月18日(2日目-1)

今回の旅行は、小生の専門鉄器時代に絡むので、訪れた場所ほとんどが、先史時代 関連です。 基礎知識を得たい方は、とりあえずこちらをどうぞ! → http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%86%E3%83%B3%E3%81%AE%E5%85%88%E5%8F%B2%E6%99%82%E4%BB%A3

9:30~ AveburyWiltshire) 
aveburymap

Stone Circle
新石器時代(紀元前3,000年頃)のストーンサークル
円形の溝とその外側にある土堤によって囲まれている。
用途に関しては様々な説が(儀式の場、日時計etc)……。
http://www.nationaltrust.org.uk/main/w-vh/w-visits/w-findaplace/w-avebury/

1.溝と土堤               2.ストーンサークルの一部  
583 590

3.倒れていた巨石を小生が元に戻したところ(左) ←当然、嘘です
.土堤から中心部を臨んだところ(右) ※悲しいかな、遺跡の真ん中を道路が突っ切っています……
593 614


.遺跡の傍にあるイケてるパブRed Lion
618

車で約10分、丘の上へ移動。

Windmill Hill
新石器時代(紀元前3,700年頃)、3つの円形の溝に囲まれた建物?が構築された。→儀式の場と考えられている。その後、青銅器時代(紀元前2,000年頃)になって、円形の墳丘からなるお墓が構築された。  http://www.english-heritage.org.uk/server/show/ConProperty.324


.遺跡の入り口           7.遺跡はどこだ?あのマウンドか?!
637 625

8.う~ん、いまいち……(左)
9.でも、遺跡の立地状況はようわかる(右)。木が並んでいるところが、川近くの低地
※基本的に水のあるところに人は集落(生活の場)を営む。逆に儀式の場やお墓は、見晴らしの良い高地に設けられることが多い。つまり、ハレの場の場が、新石器時代にすでに区別されていたんだな!ふむふむ。→これは日本でも同じ。

628 630

10.ん?、あそこに見えるこんもりした山は?!(木々の向こう: 次の目的地)
634


車で約10分、低地へ移動。
                                                                Silbury Hill
青銅器時代(紀元前2,350年頃)
に構築された謎のマウンド。発掘調査の結果、人の手によるものであることは判明したが、お墓や儀式のための建造物跡などが認められなかった。 う~ん、ミステリー!  http://www.english-heritage.org.uk/server/show/ConProperty.310

遺跡内は立ち入り禁止だったので、とりあえず近くで記念撮影
11.今回の旅でお世話になった愛車、韓国製キムチ君と一緒にまず、小生(左)。
12.続いて、まささん(右)。
644 645


記念撮影したところから、歩いて5分少々のところに次の目的地はありました。

West Kennet Long Barrow
新石器時代(紀元前3,400年頃)に構築された共同(再葬)墓地。いくつもの石の部屋からなる(それぞれに骨が納められていた)。その上を土が覆う。外観は数十メートルに及ぶマウンド。
http://www.english-heritage.org.uk/server/show/ConProperty.323

13.
.これがLong Barrow!(左)長っ。
14.マウンドに登って、ハイ、グリコのポーズ!(右) ←まっ、なんて不謹慎な!(笑)
646 651


15.石室の入り口には、巨石が立ち並んでいます。(左)
16.列石の脇から中に入れるようになっています。(右)
653 655

17.入り口から中を見たところ。 
18.中央通路の両脇に、このような小部屋が並んでいます。657 660

19.入り口付近から、先ほどのSilbury Hillを臨んだところ。 
666 ※こちらもお墓だけあって、やはり丘の上にあります。

車で数分移動。

The Sanctuary  
新石器時代(紀元前3,000年頃)に構築された木と石の組み合わせによるサークル。やはり、儀式の場と考えられている。 ※同様に丘の上
http://www.english-heritage.org.uk/server/show/ConProperty.308

20.遺跡入り口

21.現在は、木や石の柱があった場所にコンクリートの円柱が立てられ、復元?されています。 ※本来はもっと高~いものやったと思う..............

671 677

22.この日はバリ天気が良かった。このままどうにでもなれ~!
って思うぐらいの 青空!!

aozora1
     ねっ......

とりあえず、午前の部、終了

続く....................

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中南部イングランドの旅(その2)
2006-08-19-Sat  CATEGORY: 旅:遺跡&博物館

《19日》

旅行記の続きです。 http://onigiri15.blog71.fc2.com/blog-entry-70.html

*********************

7月17日(初日-2)

20:00~22:00 Bath Roman Bath

【ちょっと解説】 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B9_(%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9)

Bath
  イングランド中南西部、サマセット州エイヴォン県の都市。
 地図 人口は
9万人強。港町Bristolから24km内陸。
bathmap

Roman Bath
 バースについての最古の記録は、ローマ支配時代の温泉に関する記述である。しかし、言語上の類推から、それ以前から温泉が利用されていたことが推測される。主な温泉源は、ケルト人により信仰の対象になっていたとも考えられている。
2世紀頃日本では弥生時代の終わりごろ、ローマの支配下で温泉48の街として発展した。バースの温泉は様々な病気に効用があると考えられた。ローマ支配末期には、バースを取り囲むように城壁が建築された。ローマ撤退後は一時廃れ、ローマ様式の浴場も破壊されてしまった。しかし、温泉の利用は続いたようである。
※ ユネスコの世界遺産に登録されている。 http://www.de-club.net/sid/issue.php?pos=1&Issue=030


以下、写真を中心にご紹介。


1.まずは、バースの大聖堂     2.その右隣に、Roman Bath

bath1 bath2

3.中はこんな感じ           
4.もう2つ
bath3 bath5 bath4

5.ここでいいな~と思ったのは解説キット(左)(※日本語版もあったが英語版を使用)

6.各展示コーナーの番号を入力すると解説が聞ける →自分のペースで見られる&何度も聞ける
bath6 bath7 


7.聖なる温泉(1)           
8.聖なる温泉(2)
bath8 bath9

9.隣接してある
Temple(ローマ寺院)の遺構モニターでの復元解説   10.その他、遺物展示
bath10 bath11    bath12

11.今もが湧き出とります48  12.大浴場の周囲には、小浴場もいくつかあります。
bath13 bath15 bath14

中は広く、しかも迷路みたいになっていたので、全部を把握するにはもう少し時間が必要でした。 これから、購入したパンフレットや本などを読んで、復習します(汗)。13

13.売店コーナーで絵葉書とか買いよったら、閉館時間の22:00前

bath16  → あっという間の2時間でした。291

さぁ~、食事!と思ったら、ほとんど店は閉まっておりましたとさ..........399
ふ~~~~~~。390 

とりあえず、パブに入ってエール275を一杯。

※ この日、小生が口にした食べ物は、朝食べたシリアル&牛乳だけだった............。 
  → さすがに、ビールが胃にきました...........
(汗)。13

ホテルに戻って、0:00過ぎ、シャワー浴びて就寝。395

続く...........

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中南部イングランドの旅(その1)
2006-08-18-Fri  CATEGORY: 旅:遺跡&博物館

《18日》

時の流れは早いもので、先月の中南部イングランドへの小旅行から1ヶ月が経ってしまった........(汗)。http://onigiri15.blog71.fc2.com/blog-entry-43.html
忘れる前に、旅行の様子を書いとかんと!と突然思いたち、初日の様子をちょこっと書きました.............
よろしかったら、ご覧ください。

*********************

7月17日(初日-1) 

with
 まささん 
奈良県出身。プロの動物考古学者。プロの関西人。小生の兄貴分。もうすぐ大台に乗る(←大きなお世話!?中年(←再び大きなお世話!?の独身男性。※ただし、小生と異なり日本に彼女あり セミプロ料理人。セミプロカメラマン。セミプロコンピューター職人。セミプロエンターテイナー。

13:00 Durham
14:00過ぎ Newcastle(空港)着
ニューカッスルからの車窓、
じゃないや、機窓をどうぞ
    20060818130552.jpg kisou2


17:00過ぎ 
(約1時間のフライト後、) Bristol(空港)着
→ レンタカーを受け取って、いざ出発! 
→ ドライブ、ドライブ楽しいな~♪ 
→ 40分ぐらいで、最初の目的地、BATHに入った。


そう、あの有名なバース! 

解説しよう! 
バースとは、1980年代の阪神タイガースで活躍した史上最強の助っ人である(背番号44 ←小生が初めてボーリングをした時(中学1年生)のスコアと一緒)。あの初日本一に輝いた
1985年には(小生中学3年生)掛布岡田(現阪神監督)とともに強力クリーンアップを形成。同年4月16日巨人戦で、槙原から放ったバックスクリーン3連発はあまりにも有名(※小生は自分の部屋で宿題しながらラジオを聴いていて、思わず「よっしゃー!」と叫んでしまう。→おふくろに睨まれる........
この年、バースは 
打率 3割5分、54本塁打、134打点の成績を残し、リーグ初の外国人三冠王(パ・リーグでは、阪急ブレーブスのブーマー:1984年)に輝く。シーズンと日本シリーズの両方でMVPを獲得。  ※現オクラハマ州上院議員
bass
【バースの応援歌】
“バ~ス、かっとばせ、バ~ス  ※メガホン2本を顔の前で叩く  
      ライト~へ、レフトへ、ホームラン~、 ※メガホンを左右に振る
              かっとばせ~、バ・ア・ス~!!”  ※メガホンを前後に強く振る

関連記事 http://ameblo.jp/onigiri15/entry-10004736980.html

あれっ、何か違うな
?! 
←だいぶ違う!しかも気づくの遅すぎ!

確かスペルは、 B  A    ん?   S  S ................13

話に戻ります.......................。

「さあ~、今日は何食べましょうかねぇ~?(ルンルン)」とのんきなことを言っていたら、

ホテル(B&B)が見つからない!! 
プリントアウトした地図を手掛かりに、何度も所在地周辺を回るが、な・い!399  
結局、とある店の駐車場に臨時駐車して、歩いて探すことに。
(※この日は夕方でも、おそらく30℃を超えていた) 
車でウロウロした辺りを確認したが、やはりそれらしい建物がない。住所を確認し、通りの名前を探していると、「あった!」って 道路挟んで反対側やん!! 何でやねん!!
ま、とにかく見つかって良かった(ホッ)。 ←楽天家

19:00 Bath(ホテル)
チェックインしていると、ホテルの人が、Roman Bathがまだ開いているとの情報をくれた。どうやら夏季中は、22:00まで見られるらしい。この日は、ホテルに着いて、食事だけかな?!と思っていたので、ラッキーだった。車をとりに行った後、歩いて市街地へ(10分少々)

続く.............

(注) イギリスのホテルをインターネットで予約した際は、ネット掲載の地図を当てにしないよう!(適当に示している恐れあり) きちんと住所&電話番号を控えておくこと!

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Royal Museum(おまけのおまけ)
2006-08-11-Fri  CATEGORY: 旅:遺跡&博物館

 《11日》

前回の続きです(http://onigiri15.blog71.fc2.com/blog-entry-59.html
Royal Museum 録から、いつの間にかこんなところまで来てしまいました(汗)。
とりあえず、このシリーズは今日でおしまいです。

***********

前回、エジンバラの博物館に日本の遺物が多数存在するのは、19~20世紀にかけて日本に滞在したマンローというスコットランド人が母国に持ち帰って寄贈したから!ということを話した。それは、もちろんその当時における一個人の行いだが、単に偶然という訳ではない、と小生は思っている。歴史に見られる様々な出来事は、往々にしてその時その時の社会的脈絡というものに影響されている可能性が高い。
よって、彼の一連の行動にも、その歴史&社会的脈絡が反映されていると小生は考えた。
その歴史的背景とは、当時欧米で見られたジャポニズム!

ジャポニズムとは、一般に欧米で見られる本趣味のことを指す。

1867に行われた2回万国博覧会in Parisに、日本が初参加して以来、欧米で日本趣味が流行る。 江戸時代が終わるこの年、夏目漱石、豊田佐吉(TOYOTA創業者)、南方熊楠(博物学者)、正岡子規(俳人)が誕生。逆に坂本龍馬は暗殺された。
特に、日本は江戸時代という長い間(250年以上)鎖国状態にあったから、あまり多くの情報が外国に漏れてなかった、また、鎖国のため日本独自の文化が醸成されたという状況が、他国に余計衝撃を与える原因となった。
そんな中、最も注目を浴びたのは美術の分野で、ゴッホモネ
ルイヴィトンなどが日本美術(浮世絵etcから多大な影響を受けていると言われているのは有名だ。その他、建築工芸などの分野においても、欧米で同様な日本趣味が認められる。
イギリスに関して言うと、当時イギリスで流行していた風景式庭園に、日本独自の自然観が影響を与えたと言われている。
18世紀に成立した英国式庭園: 大陸で生まれた規則性、対称性(幾何学性)を特徴とする庭園に対峙する格好で、イギリスの自然、すなわち不規則性多様性を重んじる表現法が確立された。 
※中山理2003『イギリス庭園の文化史
夢の楽園と癒しの庭園』大修館書店(税込み2,520円) 

ついでに言うと、今やイギリス文化を代表する紅茶も、元は戦国時代末~江戸時代初期(16世紀の大航海時代にあたる)に日本を訪れたヨーロッパ人、中でもオランダ人が自国で定着させた茶の文化を、イギリス(ほかヨーロッパ各国)に伝えたもの。その後、イギリスは茶を軸に?!世界(中国やインド)へと進出していった。一方の日本は引きこもり(=鎖国)……(笑)。 これが紅茶緑茶の運命を変えることとなる!? 
※角山栄
1980
茶の世界史ー緑茶の文化と紅茶の社会』中央公論新社(税込み735 )

この19世紀後半以降に見られるジャポニズムは、あの有名なオリエンタリズムとも同じ脈絡で捉えられる。いわゆる西洋帝国主義が拡大していた全盛期、西洋先進国が東洋諸国に対して異質なものというレッテルを意識的!?に貼付した。それは、軍事的・政治的・経済的優位性に基づくもので、しばしば西洋の優秀性&上位性と結びついてきた、とエドワード・サイードは主張する。
※この流れは、
1978年に出版された彼の著書『オリエンタリズム』(日本語訳は1993
平凡社 より、上下巻 各1,631円:税込み)以降ポストコロニアリズムとして、受け継がれている。

その後、20世紀の2度に渡る世界大戦、東西の冷戦等を経て、社会が大きく変わったように見えるが、イギリスに端を発するアメリカ主導の西洋帝国主義は、イデオロギー&宗教&民族、(石油)経済問題(+その他言語などの文化要素)を巻き込んで、その(攻撃?搾取?)対象を東アジアから中近東へ移しただけ!?............
。大帝国に半植民地化されている日本は、この先どうなることやら..........................。 ←次期A首相への流れを考えると、多分心中.............。でも、一人一人考え、やるべきことはある!と思う...........。 
※サミュエル・ハンチントン1998『文明の衝突』集英社(税込み
2,940円) 
 こっちの方が手軽に読めるかも
!?→2000『文明の衝突と21世紀の日本』集英社(税込み693
円) 
 ノーム・チョムスキー2004年『覇権か、生存か
アメリカの世界戦略と人類の未来』集英社(税込み998
円)、
  2003『グローバリズムは世界を破壊する
プロパガンダと民意』明石書店(税込み2,730円)etc.

話をちょっと戻すが、この先進国優位!という考えは、エマニュエル・ウォーラーステインが提唱した世界システム論(中央―周辺―半周辺からなる分業体制: 周辺の経済余剰が中心に集められるシステム)とも関係が深い。 
※『近代世界システム―農業資本主義と「ヨーロッパ世界経済」の成立(1・2)
1981年 川北稔訳(この先生の講義は面白かった!)岩波書店 (各 税込み2,625円) →初出原典は1974年 

16世紀に成立すると彼が主張する近代世界システムは、資本主義(経済)が社会の主要な統合要素。一方、それ以前は、政治的統合も伴う。いずれにしても、このような中心と周辺という関係が成立するようになったのは、階級社会が生まれ、都市や国家といった中心体が成立し始める頃。根の深~いこの問題あり?!の構造を、しっかり理解するには、その起源から丹念に考察する必要があるのではないか?過去と現在、そして未来は、しっかりとつながっている!そう改めて感じた次第...................

PS: 現代のジャポニズムは.........、アニメ&ゲーム?!................(汗)

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Royal Museum(おまけ)
2006-08-09-Wed  CATEGORY: 旅:遺跡&博物館

《9日》
Royal Museum 録の続きです(http://onigiri15.blog71.fc2.com/blog-entry-55.html)。
(注) 専門的な内容になるかもしれません(汗)。あしからず。

《6月5日》

前回は、Royal Museumに日本の原始・古代の良好な資料があることをご紹介しました。
ただ、なぜ、それらがエジンバラの博物館にあるのか?という疑問が生じますよね
!? 
えっ、生じない?(汗)
いや、せっかくなので生じたことにしてください。 ←誰に頼んどんのや!

これら日本に関連する資料は、俗にマンロー・コレクションと呼ばれています。

ニール・ゴードン・マンロー(1863~1942)
monro ← ちょっとうちのホストファーザー(ブライアン)似
スコットランド生まれ。エジンバラ大学医学部卒。
30歳で医師(お雇い外国人
?!)として日本に渡った。
医師として働く傍ら、趣味である考古学・民俗学(文化人類学)に没頭。日本全国で調査を実施。後年は北海道に定住し、アイヌの研究を行う。
※ その
研究の成果は、北海道大学北方文化論講座分室マンロー邸(沙流郡二風谷)に展示されている。 http://www2.town.biratori.hokkaido.jp/biratori/suzuran/reki2_5.htm

1908年に横浜で自費出版されたPrehistoric Japan日本に旧石器時代があったことを指摘。日本の歴史教科書では相沢忠洋による岩宿遺跡の発見1949年)が、日本旧石器の確認とされているが、それより数十年も前に、彼は日本の旧石器を発見していたことになる。彼の本は1982年に、ようやく斎藤忠氏の解説で、史時代の日本(第一書房)という邦題で翻訳されたが、その後も彼の業績はあまり検討されてこなかった。
 翻訳されるのが遅かったことと、遺物&彼の記録の多くがエジンバラにあったことが、その障害となった可能性がある。
近年、一部の研究者によるマンロー・コレクションの見直しが始まった。
中でも重要と思われる研究は、
北條芳隆2001
環頭型石製品の再評価」『日本考古学』第11日本考古学協会(pp.89-106.)。
190812マンローによってRoyal Museumに寄贈された遺物(贋物含む)の丹念な調査を行い、(古墳時代の)石製品の研究史を絡めながら、マンロー・コレクション並びに彼の業績についての総括的検討を行っている。
注目は、
剣や刀の柄(つか)飾りである緑色凝灰岩製環頭型石製品
その製品はこちら ↓↓ この下に柄、鍔、刀or剣が取り付けられます。
kantou
この種の製品は、それまで日本でははっきりと確認されていなかったが、北條氏によってマンロー・コレクションの一品が本物であると確認されたことにより、
巨大前方後円墳金蔵山古墳(岡山市:四世紀末)から出土していた環状の石製品破片ほか1点(他古墳出土)が、同様な製品であることが明らかとなった。剣や刀の柄飾りは通常金銅製で、石or玉)製は中国以外では見つかっていなかったが、氏の検討により、日本の(古墳時代の)石製品に新たな型式が加わった。このことは、石製品の生産&流通、さらには古墳時代における政治&経済体制といった問題に、少なからず影響を与えることとなった。

【ちょっと解説】
古墳時代の石製品は大きく分けて、前期の碧玉製緑色凝灰岩製のものと、中期の滑石製のものに分けられる。ここで紹介したものは前者で、その多くは腕輪形の製品で構成される。
shima
(写真:3種の腕輪形石製品(鍬形石、車輪石、石釧) ※島の山古墳:190
m:奈良県川西町http://www.kashikoken.jp/from-site/sima.htm 
これらは主に大型古墳から出土することから、と並んで中央政権から配られた威信財である、という見方が有力である。威信財は一般に、生活必需品とは異なる奢侈品であることが多く、主に遠い地域との交流によって得られる。これら威信財は稀少価値であると同時に、政治・経済的ネットワークの広がりをも示すものであるから、所有者の権威&社会的地位を考察するのに欠かせない重要物である。ただ、時代や地域ごとに見ていくと状況は複雑であり、その解明のため不断の研究が続けられている。

かなり?!専門的な話題に逸れてしまったけど(汗)、要は、

スコットランド人のマンローが、日本で調査した遺物を母国にあるRoyal Museum
に寄贈した! ということですわ。 ←何だ、それだけ?!って言わないで!(汗)

でもね、これね、実はほかの分野にも見られることなんですよ!

その背景にあるのは、19世紀後半~20世紀初頭に見られる

 “ジャポニズム”!   聞いたことありますか?

続きは後日
……

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Royal Museum(その2)
2006-08-05-Sat  CATEGORY: 旅:遺跡&博物館
《4日》

いつもの金曜日: サッカー → パブ → まささんの家で食事

で、昨日の記事の続きです。↓↓  (注) マニアック専門用語が飛び交います(汗)。あしからず。

《6月5日》

Royal Museumの見学を終えようとしていたところ、意外な発見をした。
その発見とは..........、
日本の原始・古代の良好な資料が収められていたことだったのだ!! ← 一人で興奮してます(汗)

【発見資料】

jomon2 jomon
*関東周辺の縄文土器土偶(中期~後期(紀元前3千~1千年))

*関東周辺の縄文土器石棒石臼石杵(中期~後期)

takuetc
扁平鈕式6区袈裟襷文銅鐸(弥生中期)(紀元前2~1世紀)末)※型持孔:方形http://f1.aaa.livedoor.jp/~megalith/kouko10doutaku.html
中細形銅樋(血抜きの溝)を綾杉文で飾る九州型(弥生中期)
有稜・有茎柳葉形銅鏃(古墳時代前期)
人物埴輪鉄刀&鍔 (古墳時代後期(6世紀)前後)


haniwa
緑色凝灰岩製石釧環頭(古墳時代前期(4世紀)後半) 朝鮮製有柄式磨製石剣(弥生時代前期(紀元前5~4世紀)前後)
馬形埴輪製素環鏡板付轡鉄地金銅張剣菱形心葉形杏葉銅鈴環金銅製耳環地金銅張腕輪 (古墳時代後期(6世紀)前後)
滑石製刀子(古墳時代中期(5世紀))


hajiki
石包丁(弥生時代中期)、土師器(古墳時代中期(5世紀)前後)、勾玉(時期不明)、各種石製品(独鈷石ほか:縄文時代後期~晩期(紀元前2千年~1千年前半))

sueki2
須恵器各種(古墳時代中期後半~後期)

toushitsuuuuu
*韓国の陶質土器(古墳時代中期(5世紀)前後)

“なぜ、こんなものがエジンバラの博物館にあるのか?”については、次回にて。

さらに続く......................。


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Royal Museum(その1)
2006-08-04-Fri  CATEGORY: 旅:遺跡&博物館

《4日》

数時間前、どらまきんさんのブログを見て、
掲載し忘れていた記事のことを思い出しました。(http://plaza.rakuten.co.jp/doramakin/diary/200608030000/
約2ヶ月前のものです(汗)。遅まきながらアップしますので、宜しかったらご覧ください。

《6月5日》

エジンバラでの博物館見学の感想の続きです。
前回の記事 (旧ブログ内)
1. http://ameblo.jp/onigiri15/entry-10013588922.html
2. http://ameblo.jp/onigiri15/entry-10013598875.html

もう一つの博物館、
Royal Museumhttp://www.nms.ac.uk/royal/home/index.asp
見学時間:約2時間

entrance1 ← まずは入り口外観

robbie ← んで、中入ってすぐのロビー 

全体に古い内装で、王室コレクションといった感じ。

展示は1階~3階。
これが広いのなんのって

展示内容は
1.自然史系: 石、動物、植物、昆虫の標本ぎっしり!
2.歴史系: 近現代のもの(遺物?)ぎっしり!!
3.世界の文化系: これまた、ぎっしり!!!

この何でもかんでも、ものをぎっしり!!という展示方法は、17世紀後半に設立された、世界で最も古い公共博物館オックスフォードアシュモリアン博物館http://www.ashmol.ox.ac.uk/の展示方法にも通じる。
(※ちなみに大英博物館はアシュモリアンよりも新しい) 

ここの博物館自体は、19世紀後半のものらしい。 
この時代といえば、イギリスの全盛期とも言われるヴィクトリア朝期
イギリス帝国のすごさを見せつけるかのごとく、これでもか!というぐらい量と種類の多さで、見る者を圧倒させる。教育&学習という現在の博物館の理念なんか端の端に置かれていた時代........。


そんなんで、とりあえず、ざ~っと見学した。 ←すでに疲れていたという話も
……(汗)

世界の部屋には、日本496韓国505中国504の展示があった。
nihon ← 日本のコーナー 
samurai ← やっぱ
?!........(笑)
他には浮世絵やら、歴史解説のパネルやら。
daibutsu ← そんでこんなんも!! “
ボ~~~ン” こんなん、よう運んだな!?
疲れが増してきて、最後のセクションを素通りしようとしたところ、まだ日本のものがあった
何やろ?と思って見ると、 
           ↓↓
cyawan
 ← 何の脈絡もなく、現代の茶碗やら急須やら………
は~、と思わずため息。292
苦笑いしながらゆっくり歩き始めると、意外なものを発見した。405 (注)Archaeologist的視点
やっぱ、隅から隅まで見ておくもんだ。

続く………

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