《18日》
時の流れは早いもので、先月の中南部イングランドへの小旅行から1ヶ月が経ってしまった........(汗)。http://onigiri15.blog71.fc2.com/blog-entry-43.html
忘れる前に、旅行の様子を書いとかんと!と突然思いたち、初日の様子をちょこっと書きました.............。
よろしかったら、ご覧ください。
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7月17日(初日−1)
with まささん: 奈良県出身。プロの動物考古学者。プロの関西人。小生の兄貴分。もうすぐ大台に乗る(←大きなお世話!?)中年(←再び大きなお世話!?)の独身男性。※ただし、小生と異なり日本に彼女あり セミプロ料理人。セミプロカメラマン。セミプロコンピューター職人。セミプロエンターテイナー。
13:00 Durham発
14:00過ぎ Newcastle(空港)着
ニューカッスルからの車窓、じゃないや、機窓をどうぞ↓

17:00過ぎ (約1時間のフライト後、) Bristol(空港)着
→ レンタカーを受け取って、いざ出発!
→ ドライブ、ドライブ楽しいな〜♪
→ 40分ぐらいで、最初の目的地、BATH市に入った。
そう、あの有名なバース!
解説しよう!
バースとは、1980年代の阪神タイガースで活躍した史上最強の助っ人である(背番号44 ←小生が初めてボーリングをした時(中学1年生)のスコアと一緒)。あの初日本一に輝いた1985年には(小生中学3年生)、掛布、岡田(現阪神監督)とともに強力クリーンアップを形成。同年4月16日の巨人戦で、槙原から放ったバックスクリーン3連発はあまりにも有名(※小生は自分の部屋で宿題しながらラジオを聴いていて、思わず「よっしゃー!」と叫んでしまう。→おふくろに睨まれる........)。
この年、バースは 打率 3割5分、54本塁打、134打点の成績を残し、セ・リーグ初の外国人三冠王(パ・リーグでは、阪急ブレーブスのブーマー:1984年)に輝く。シーズンと日本シリーズの両方でMVPを獲得。 ※現オクラハマ州上院議員
【バースの応援歌】
“バ〜ス、かっとばせ、バ〜ス ※メガホン2本を顔の前で叩く
ライト〜へ、レフトへ、ホームラン〜、 ※メガホンを左右に振る
かっとばせ〜、バ・ア・ス〜!!” ※メガホンを前後に強く振る
関連記事 http://ameblo.jp/onigiri15/entry-10004736980.html
あれっ、何か違うな?! ←だいぶ違う!しかも気づくの遅すぎ!
確かスペルは、 B A ん? S S ................
話に戻ります.......................。
「さあ〜、今日は何食べましょうかねぇ〜?(ルンルン)」とのんきなことを言っていたら、
ホテル(B&B)が見つからない!!
プリントアウトした地図を手掛かりに、何度も所在地周辺を回るが、な・い!
結局、とある店の駐車場に臨時駐車して、歩いて探すことに。
(※この日は夕方でも、おそらく30℃を超えていた)
車でウロウロした辺りを確認したが、やはりそれらしい建物がない。住所を確認し、通りの名前を探していると、「あった!」って 道路挟んで反対側やん!! 何でやねん!!
ま、とにかく見つかって良かった(ホッ)。 ←楽天家
19:00頃 Bath(ホテル)着
チェックインしていると、ホテルの人が、Roman Bathがまだ開いているとの情報をくれた。どうやら夏季中は、22:00まで見られるらしい。この日は、ホテルに着いて、食事だけかな?!と思っていたので、ラッキーだった。車をとりに行った後、歩いて市街地へ(10分少々)。
続く.............
(注) イギリスのホテルをインターネットで予約した際は、ネット掲載の地図を当てにしないよう!(適当に示している恐れあり) きちんと住所&電話番号を控えておくこと!
前回の続きです(http://onigiri15.blog71.fc2.com/blog-entry-59.html)
Royal Museum 録から、いつの間にかこんなところまで来てしまいました(汗)。
とりあえず、このシリーズは今日でおしまいです。
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前回、エジンバラの博物館に日本の遺物が多数存在するのは、19〜20世紀にかけて日本に滞在したマンローというスコットランド人が母国に持ち帰って寄贈したから!ということを話した。それは、もちろんその当時における一個人の行いだが、単に偶然という訳ではない、と小生は思っている。歴史に見られる様々な出来事は、往々にしてその時その時の社会的脈絡というものに影響されている可能性が高い。
よって、彼の一連の行動にも、その歴史&社会的脈絡が反映されていると小生は考えた。
その歴史的背景とは、当時欧米で見られたジャポニズム!
ジャポニズムとは、一般に欧米で見られる日本趣味のことを指す。
1867年に行われた第2回万国博覧会(in Paris)に、日本が初参加して以来、欧米で日本趣味が流行る。 ※江戸時代が終わるこの年、夏目漱石、豊田佐吉(TOYOTA創業者)、南方熊楠(博物学者)、正岡子規(俳人)が誕生。逆に坂本龍馬は暗殺された。
特に、日本は江戸時代という長い間(250年以上)、鎖国状態にあったから、あまり多くの情報が外国に漏れてなかった、また、鎖国のため日本独自の文化が醸成されたという状況が、他国に余計衝撃を与える原因となった。
そんな中、最も注目を浴びたのは美術の分野で、ゴッホやモネ、ルイ・ヴィトンなどが日本美術(浮世絵etc)から多大な影響を受けていると言われているのは有名だ。その他、建築や工芸などの分野においても、欧米で同様な日本趣味が認められる。
イギリスに関して言うと、当時イギリスで流行していた風景式庭園に、日本独自の自然観が影響を与えたと言われている。
※18世紀に成立した英国式庭園: 大陸で生まれた規則性、対称性(幾何学性)を特徴とする庭園に対峙する格好で、イギリスの自然、すなわち不規則性、多様性を重んじる表現法が確立された。
※中山理2003『イギリス庭園の文化史―夢の楽園と癒しの庭園』大修館書店(税込み2,520円)
ついでに言うと、今やイギリス文化を代表する紅茶も、元は戦国時代末〜江戸時代初期(16世紀の大航海時代にあたる)に日本を訪れたヨーロッパ人、中でもオランダ人が自国で定着させた茶の文化を、イギリス(ほかヨーロッパ各国)に伝えたもの。その後、イギリスは茶を軸に?!世界(中国やインド)へと進出していった。一方の日本は引きこもり(=鎖国)……(笑)。 これが紅茶と緑茶の運命を変えることとなる!?
※角山栄1980 『茶の世界史ー緑茶の文化と紅茶の社会』中央公論新社(税込み735 円)
この19世紀後半以降に見られるジャポニズムは、あの有名なオリエンタリズムとも同じ脈絡で捉えられる。いわゆる西洋帝国主義が拡大していた全盛期、西洋先進国が東洋諸国に対して“異質なもの”というレッテルを意識的!?に貼付した。それは、軍事的・政治的・経済的優位性に基づくもので、しばしば西洋の優秀性&上位性と結びついてきた、とエドワード・サイードは主張する。
※この流れは、1978年に出版された彼の著書『オリエンタリズム』(日本語訳は1993年平凡社 より、上下巻 各1,631円:税込み)以降、ポストコロニアリズムとして、受け継がれている。
その後、20世紀の2度に渡る世界大戦、東西の冷戦等を経て、社会が大きく変わったように見えるが、イギリスに端を発するアメリカ主導の西洋帝国主義は、イデオロギー&宗教&民族、(石油)経済問題(+その他言語などの文化要素)を巻き込んで、その(攻撃?搾取?)対象を東アジアから中近東へ移しただけ!?............。大帝国に半植民地化されている日本は、この先どうなることやら..........................。 ←次期A首相への流れを考えると、多分心中.............。でも、一人一人考え、やるべきことはある!と思う...........。
※サミュエル・ハンチントン1998『文明の衝突』集英社(税込み 2,940円)
こっちの方が手軽に読めるかも!?→2000『文明の衝突と21世紀の日本』集英社(税込み693円)
ノーム・チョムスキー2004年『覇権か、生存か―アメリカの世界戦略と人類の未来』集英社(税込み998円)、
2003『グローバリズムは世界を破壊する―プロパガンダと民意』明石書店(税込み2,730円)etc.
話をちょっと戻すが、この先進国優位!という考えは、エマニュエル・ウォーラーステインが提唱した世界システム論(中央―周辺―半周辺からなる分業体制: 周辺の経済余剰が中心に集められるシステム)とも関係が深い。
※『近代世界システム―農業資本主義と「ヨーロッパ世界経済」の成立(1・2)』1981年 川北稔訳(この先生の講義は面白かった!)岩波書店 (各 税込み2,625円) →初出原典は1974年
16世紀に成立すると彼が主張する近代世界システムは、資本主義(経済)が社会の主要な統合要素。一方、それ以前は、政治的統合も伴う。いずれにしても、このような中心と周辺という関係が成立するようになったのは、階級社会が生まれ、都市や国家といった中心体が成立し始める頃。根の深〜いこの問題あり?!の構造を、しっかり理解するには、その起源から丹念に考察する必要があるのではないか?過去と現在、そして未来は、しっかりとつながっている!そう改めて感じた次第...................。
PS: 現代のジャポニズムは.........、アニメ&ゲーム?!................(汗)
《9日》
Royal Museum 録の続きです(http://onigiri15.blog71.fc2.com/blog-entry-55.html)。
(注) 専門的な内容になるかもしれません(汗)。あしからず。
《6月5日》
前回は、Royal Museumに日本の原始・古代の良好な資料があることをご紹介しました。
ただ、なぜ、それらがエジンバラの博物館にあるのか?という疑問が生じますよね!?
えっ、生じない?(汗)
いや、せっかくなので生じたことにしてください。 ←誰に頼んどんのや!
これら日本に関連する資料は、俗にマンロー・コレクションと呼ばれています。
ニール・ゴードン・マンロー(1863〜1942)
← ちょっとうちのホストファーザー(ブライアン)似
スコットランド生まれ。エジンバラ大学医学部卒。
30歳で医師(お雇い外国人?!)として日本に渡った。
医師として働く傍ら、趣味である考古学・民俗学(文化人類学)に没頭。日本全国で調査を実施。後年は北海道に定住し、アイヌの研究を行う。
※ その研究の成果は、北海道大学北方文化論講座分室マンロー邸(沙流郡二風谷)に展示されている。 http://www2.town.biratori.hokkaido.jp/biratori/suzuran/reki2_5.htm
1908年に横浜で自費出版された『Prehistoric Japan』で日本に旧石器時代があったことを指摘。日本の歴史教科書では相沢忠洋による岩宿遺跡の発見(1949年)が、日本旧石器の初確認とされているが、それより数十年も前に、彼は日本の旧石器を発見していたことになる。彼の本は1982年に、ようやく斎藤忠氏の解説で、『先史時代の日本』(第一書房)という邦題で翻訳されたが、その後も彼の業績はあまり検討されてこなかった。
※ 翻訳されるのが遅かったことと、遺物&彼の記録の多くがエジンバラにあったことが、その障害となった可能性がある。
近年、一部の研究者によるマンロー・コレクションの見直しが始まった。
中でも重要と思われる研究は、
北條芳隆2001「環頭型石製品の再評価」『日本考古学』第11号 日本考古学協会(pp.89-106.)。
1908〜12年にマンローによってRoyal Museumに寄贈された遺物(贋物含む)の丹念な調査を行い、(古墳時代の)石製品の研究史を絡めながら、マンロー・コレクション並びに彼の業績についての総括的検討を行っている。
注目は、剣や刀の柄(つか)飾りである緑色凝灰岩製の環頭型石製品。
その製品はこちら ↓↓ この下に柄、鍔、刀or剣が取り付けられます。
この種の製品は、それまで日本でははっきりと確認されていなかったが、北條氏によってマンロー・コレクションの一品が本物であると確認されたことにより、巨大前方後円墳・金蔵山古墳(岡山市:四世紀末)から出土していた環状の石製品破片ほか1点(他古墳出土)が、同様な製品であることが明らかとなった。剣や刀の柄飾りは通常金銅製で、石(or玉)製は中国以外では見つかっていなかったが、氏の検討により、日本の(古墳時代の)石製品に新たな型式が加わった。このことは、石製品の生産&流通、さらには古墳時代における政治&経済体制といった問題に、少なからず影響を与えることとなった。
【ちょっと解説】
古墳時代の石製品は大きく分けて、前期の碧玉製&緑色凝灰岩製のものと、中期の滑石製のものに分けられる。ここで紹介したものは前者で、その多くは腕輪形の製品で構成される。
(写真:3種の腕輪形石製品(鍬形石、車輪石、石釧) ※島の山古墳:190m:奈良県川西町http://www.kashikoken.jp/from-site/sima.htm )
これらは主に大型古墳から出土することから、鏡と並んで中央政権から配られた威信財である、という見方が有力である。威信財は一般に、生活必需品とは異なる奢侈品であることが多く、主に遠い地域との交流によって得られる。これら威信財は稀少価値であると同時に、政治・経済的ネットワークの広がりをも示すものであるから、所有者の権威&社会的地位を考察するのに欠かせない重要物である。ただ、時代や地域ごとに見ていくと状況は複雑であり、その解明のため不断の研究が続けられている。
かなり?!専門的な話題に逸れてしまったけど(汗)、要は、
スコットランド人のマンローが、日本で調査した遺物を母国にあるRoyal Museumに寄贈した! ということですわ。 ←何だ、それだけ?!って言わないで!(汗)
でもね、これね、実はほかの分野にも見られることなんですよ!
その背景にあるのは、19世紀後半〜20世紀初頭に見られる
“ジャポニズム”! ← 聞いたことありますか?
続きは後日……。
いつもの金曜日: サッカー → パブ → まささんの家で食事
で、昨日の記事の続きです。↓↓ (注)
《6月5日》
Royal Museumの見学を終えようとしていたところ、意外な発見をした。
その発見とは..........、
日本の原始・古代の良好な資料が収められていたことだったのだ!! ← 一人で興奮してます(汗)
【発見資料】

*関東周辺の縄文土器、土偶(中期〜後期(紀元前3千〜1千年))
*関東周辺の縄文土器、石棒、石臼、石杵(中期〜後期)
*扁平鈕式6区袈裟襷文銅鐸(弥生中期)(紀元前2〜1世紀)末)※型持孔:方形http://f1.aaa.livedoor.jp/~megalith/kouko10doutaku.html
*中細形銅戈:樋(血抜きの溝)を綾杉文で飾る九州型(弥生中期)
*有稜・有茎柳葉形銅鏃(古墳時代前期)
*人物埴輪、鉄刀&鍔 (古墳時代後期(6世紀)前後)

*緑色凝灰岩製石釧&環頭(古墳時代前期(4世紀)後半) 朝鮮製有柄式磨製石剣(弥生時代前期(紀元前5〜4世紀)前後)
*馬形埴輪、鉄製素環鏡板付轡、鉄地金銅張剣菱形&心葉形杏葉、銅鈴環、金銅製耳環、鉄地金銅張腕輪 (古墳時代後期(6世紀)前後)
*滑石製刀子(古墳時代中期(5世紀))

*石包丁(弥生時代中期)、土師器(古墳時代中期(5世紀)前後)、勾玉(時期不明)、各種石製品(独鈷石ほか:縄文時代後期〜晩期(紀元前2千年〜1千年前半))
*須恵器各種(古墳時代中期後半〜後期)
*韓国の陶質土器(古墳時代中期(5世紀)前後)
“なぜ、こんなものがエジンバラの博物館にあるのか?”については、次回にて。
さらに続く......................。
《4日》
数時間前、どらまきんさんのブログを見て、掲載し忘れていた記事のことを思い出しました。(http://plaza.rakuten.co.jp/doramakin/diary/200608030000/)
約2ヶ月前のものです(汗)。遅まきながらアップしますので、宜しかったらご覧ください。
《6月5日》
エジンバラでの博物館見学の感想の続きです。
前回の記事 (旧ブログ内)
1. http://ameblo.jp/onigiri15/entry-10013588922.html
2. http://ameblo.jp/onigiri15/entry-10013598875.html
もう一つの博物館、Royal Museum。※http://www.nms.ac.uk/royal/home/index.asp
見学時間:約2時間
← まずは入り口外観
← んで、中入ってすぐのロビー
全体に古い内装で、王室コレクションといった感じ。
展示は1階〜3階。
これが広いのなんのって。
展示内容は
1.自然史系: 石、動物、植物、昆虫の標本ぎっしり!
2.歴史系: 近現代のもの(遺物?)ぎっしり!!
3.世界の文化系: これまた、ぎっしり!!!
この何でもかんでも、ものをぎっしり!!という展示方法は、17世紀後半に設立された、世界で最も古い公共博物館、オックスフォードのアシュモリアン博物館(http://www.ashmol.ox.ac.uk/)の展示方法にも通じる。
(※ちなみに大英博物館はアシュモリアンよりも新しい)
ここの博物館自体は、19世紀後半のものらしい。
この時代といえば、イギリスの全盛期とも言われるヴィクトリア朝期。
イギリス帝国のすごさを見せつけるかのごとく、これでもか!というぐらい量と種類の多さで、見る者を圧倒させる。教育&学習という現在の博物館の理念なんか端の端に置かれていた時代........。
そんなんで、とりあえず、ざ〜っと見学した。 ←すでに疲れていたという話も……(汗)
世界の部屋には、日本
、韓国
、中国
の展示があった。
← 日本のコーナー
← やっぱ侍?!........(笑)
他には浮世絵やら、歴史解説のパネルやら。
← そんでこんなんも!! “ボ〜〜〜ン” こんなん、よう運んだな!?
疲れが増してきて、最後のセクションを素通りしようとしたところ、まだ日本のものがあった。
何やろ?と思って見ると、
↓↓
← 何の脈絡もなく、現代の茶碗やら急須やら………。
は〜、と思わずため息。
苦笑いしながらゆっくり歩き始めると、意外なものを発見した。
(注)Archaeologist的視点
やっぱ、隅から隅まで見ておくもんだ。
続く………




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