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つき
2006-10-29-Sun  CATEGORY: 熱闘広辞苑

《10月29日》

 第 18 回           
 ルール説明: http://blog.goo.ne.jp/rakuda82/e/3ca4e56dde1cb2f2164ec7aaba72af7e 
 
今回の記事が集まるページ: http://blog.goo.ne.jp/rakuda82/e/084c47c6495559671c0e9483cfeb5482
 
     
1ヶ月ほど前、隔週日曜日のアップに変更になりました。

「つき」
ひらがなでこう提示されて、おそらく多くの方は、月」「突き」「付き=ツキ(=幸運」「尽き」「槻」などを思い浮かべるだろう。しかし、小生は職業柄か、もしくはひねくれ者だからか()、上記のものに加えて、「坏・杯」 が頭に浮かんだ。

「坏」 本物の広辞苑): 飲食物を盛るのに用いた椀形の器。初めはすべて土器であった。蓋のあるのを蓋坏、蓋のないのを単に坏または片坏、高い足があるのを高坏といった。 


「坏・杯」 (大辞林): 古代、飲食物を盛るのに用いた土器。椀よりは浅く、皿よりは深いもの。

こーこ学の立場というか、土器を研究している一個人の立場から言うと、両者をミックスさせた説明が良いかと思う。 つまり、

飲食物を盛るのに用いた形ないしは形、またその中間の形態をもつ器。」
 
(* ついでにひとつ指摘しておくと、広辞苑の説明には間違いがある。
  「初めはすべて土器であった。」とあるが、こーこ学の成果からいくと、木製のものもあった。)


さてさて、そういう訳で今回は、「坏・杯」 とおよそ同義語である
食器 (=食事に使う容器・器具(
箸、スプーンなど)) のお話をしよう。

まずは食器の分類から。
これについては、以前にも紹介した故・S先生*が明快な区分を提示している。

共用器: 複数の人間が共同で使うもの(大皿、大鉢、土瓶など) 
銘々器: 個々人が専用に使う器(ご飯茶碗、汁碗、小皿、小鉢、湯呑み茶碗、コップなど) 
属人器: 狭義の銘々器にあたり、特定の人だけが使う器 
        *韓国&日本では、ご飯茶碗、湯呑み茶碗、箸など、相対的に属人器がはっきりしている。


現在、多くの国々ではこの両者(共用器&銘々器)を使っていることが多いが、一部の民族の中には、共用器のみの場合や食器を使わない場合もある。歴史の大きな流れからいくと、

食器なし → 共用器のみ → 共用器+銘々器(+属人器)、と捉えられる。

日本では、土器が誕生した縄文時代(約1万数千年~
2,500年前)、浅鉢などの共用器が主流だった。個人の食器(銘々器)が、文化の一つとして導入されたのは、約2,000年前の弥生時代(約2,500年~1,700年前)に遡る。この時代、稲作・金属器を代表とする文化が大陸(中国・朝鮮半島)からもたらされたが、その流れの中で、この点も理解できると思われる。   
(*その詳細な過程については、5~6年前、拙稿にて論じたが、その意義&背景は単なる新生活文化の導入ということにとどまらず、社会の変化や政治的意向が大きく働いていると推察した。) 
  
その後、古墳時代(約
1,700年前~1,400年前)になると、銘々器(「坏・杯」) を使う文化が定着する。その状況は、陶邑*(大阪南部)をはじめとする古代やきものの生産地が各地に出現し、大量の須恵器*が流通することからうかがえる。 

一方、属人器なるものが明確化するのは、文字の登場とも関連する奈良時代(約
1,200数十年前)である。平城宮出土の墨書土器(墨で文字が書かれた土器)の中には、器の属人性を示す内容が書かれたものがある。 
(*この状況が生まれた背景としては、宮廷や官庁をはじめとする集団生活の出現が挙げられているが、個人的には、それはあくまで理由の一つであると考えている。なぜなら、集団生活をしていても属人器が発生しない社会はたくさん見られるから。日本でも、学校の給食とかでは、食器が属人化されていない。)
ただし、この状況は、一部の社会階層にとどまる。
 
結局、現在につながる属人器が確立するのは、
18世紀末~20世紀前半木椀から陶器碗へ、また同時に銘々膳(箱膳)からチャブ台へと転換することと深い関係にあるという(石毛直道1992「食卓文化論」『国立民族博物館研究報告』別冊)

少々長くなったが、食器の歴史を見ていると、
属人器を使用するのは、どうやら日本、韓国など少数派らしい

なぜ属人器が現れたのか?!”

そこには、様々な歴史・社会的要因が働いているので、その原因や出現過程を一般化することは困難だ。 ただ、一つ言えることは、
「家族が同時に食卓を囲む際、個々を区別し個性を食器に反映させることが、日本では食事文化の一つとして普及していた」、ということ。
しかし、社会のあり方が大きく変化するにつれ、食卓を囲む機会が減った
欧米の文化(属人器を持たない文化、外食産業etc)を余すところなく導入してきたことも影響しているのだろうか? 食器における属人性が、確実に薄れてきていると感じる。

日本という国は、世界でとかく集団性がクローズアップされる傾向にある。
しかし、集団性を大切にしながら個性を発揮する、という人としてバランスの取れたあり方を、独自につくりあげ食文化に根付かせていた、と個人的には思う。

普段何気なく使っている食器を通して、
今一度、このバランス調整が必要なのでは?と感じた。

* 陶邑 http://www.city.sakai.osaka.jp/kyoiku/_syougai/_maibun/book/suemura.html
* 須恵器 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%88%E6%81%B5%E5%99%A8

【参考文献】 

佐原眞
1993 5.「わたしの茶碗」「わたしの箸」」 『考古学の散歩道』 岩波新書 312, pp42-53.
~~~~~
追記: 皆さんは、属人器持ってますか~? 

小生
博多の場合):ご飯茶碗湯飲み茶碗(さつま焼(苗代川):黒)、コップ2つ →(ミスドでもらったやつ
                    (コーヒー用)
と、UFOキャッチャーでとった大リーグ・インディアンズのもの *代金総計200円)
          * 他人の使うと、
おふくろが怒ります(汗)
ダラムの場合):一切なし! *たまに、が碗代わりになることあり(汗)。
~~~~~

(了)

** 執筆者、カテゴリの記事及び本ブログは岩波書店及び同社刊『広辞苑』とは一切関係がありません。

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コメント

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なるほどー
コメントどらまきん | URL | 2006-10-30-Mon 10:09 [EDIT]
そうきましたか~>杯
フツーの変換では出ないので、思いもしませんでしたわ。
さすが考古学者・・・。

属人器、とかいうカテゴリもあったんですねー。
言われてみればそうかも・・・欧米で「これ、私のスプーンやから」なんて言う人みたことない。(コップはあるかも、ですけど。)
やっぱ自分の箸とか他人(家族でも)に使われるのって気持ち悪いな~。
思いっきり属人してますね。
まきさんへ
コメントonigiri15 | URL | 2006-10-30-Mon 18:25 [EDIT]
さすがにこれ(杯)は、普通の人は思い浮かばないですよね!?ってわしは普通じゃないんか!!??(爆)

属人器、独特の文化で面白いでしょ!? 
個人的には、やはり家族で共に(同時に)食事をすることが、その発生の大きいな要因だと思ってます。日本では、一昔前まで、ホームパーティなど、しょっちゅう人の家で食事することなかったですし、外食(当然属人器なし)することも一般的ではなかった。また、食事をする際、家族が集まるまでみんな待って、一緒にいただきます!をするのが当然でしたから(←今はみんな時間も場所もバラバラ?!)。こちらに来て、改めてそう感じるようになりました。
他にも、何か重要そうな要因があったら教えてください。
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