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Cirencesterでの調査(その4)
2006-09-25-Mon  CATEGORY: 旅:遺跡&博物館

※ 調査(旅行)記in Cirencesterの続きです。 http://onigiri15.blog71.fc2.com/blog-entry-99.html

《補足解説》

【Cirencesterの街と遺跡の位置関係】(下)
total pic

*テムズ川の最上流地域 
Ditches: 今回の調査地。鉄器時代後半~ローマ時代前半丘上防御的集落。 
Bagendon: 通称OPPIDAと呼ばれる、Ditchesと同時代の都市的集落。 
 → OPPIDAとは、ジュリアス・シーザーがヨーロッパ各地を征服していく過程で、見出し呼称した
    西ヨーロッパ特有の都市的・防御的集落。 
*北西から南東にかけて伸びるErminStreet は、いわゆる“ローマの道
 → 今は地中に埋もれているが、ほぼその真上に現在の道路が走っている。


【Ditches】
以前撮影された航空写真。(下)
airphotociren
土の色の違いにより、当時の集落を囲んでいたの跡やその他遺構がぼんやり見える。
イギリスでは、このように見られる遺構の跡を
Crop Markと呼んでいて、比較的容易に遺跡を認識することができる。低い丘陵上に築かれた多くの遺跡は、土の堆積が相対的に薄いため、このような状況になるのだと思われる。(日本のような山地形だと、傾斜地が多い上、山からもたらされる堆積物で、同様な状況にはなりにくいのではないかと思う。) 
ちなみにである。南側には、谷地形が広がる。

1982,3年に行われたGeophysical Survey(地球物理調査)&発掘(いずれも一部)Crop Markに基づく遺構の全体図。(下)
ditchesfigure
今回は、全体の、そしてより細かな状況を把握するため、調査を行った。
意義1: 集落の内容(建物等の構成)をより明らかにするため(→集落論の資料として活用する)。
意義2: 将来行われる発掘の、調査区域を選定する際の有効な資料として活用するため。
15-1 15-2
 遺跡北側(上)                遺跡南側(上)
roman road 15-4
 遺跡南端から(上)              おまけ
 谷向こうの丘上を走るのがローマの道 

[参考文献]
Trow, S.D. (1988) Excavations at Ditches hillfort, North Cerney, Gloucestershire, 1982-3, Transactions of Bristol and Gloucestershire Archaeological Society vol.106,19-85. Gloucester: Alan Sutton Publishing Ltd.
Reece, R. (2003) The siting of Roman Corinium, Britannia vol34, 276-280. London: The Society for the Promotion of Roman Studies.

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